「相談があるんですが」——いい店長が、いつもと違う表情で切り出してきたら、たいてい同じ話です。「他社への転職を考えていて」。
そのとき頭に浮かぶのは、給料を上げられないかという計算。でも、現実問題、相手先が大手チェーンなら、月給を10万円上げるのは無理がある。引き止めようがない。
私たちRockHillは、こう考えます。いい店長を引き止める仕組みは、お金以外にもある。むしろ、お金で勝てないからこそ、別の勝ち方を持っておくべきです。今日はその話をします。
「お金じゃ勝てない」と諦めかけたとき
ある居酒屋オーナーPさんは、5年勤めた店長Qさんから転職の相談を受けました。相手は大手居酒屋チェーン、提示された月給はPさんの店より8万円高い。
Pさんは、給与テーブルを書き出して計算しました。「うちでも7万円なら、なんとか上げられる」。でも、QさんはPさんの提示を聞いても、表情は晴れなかった。
数日後、Pさんは思い切ってQさんに聞きました。「給料以外で、もし引き止めるとしたら、何があったらいい?」。
Qさんは、しばらく考えてからこう答えました。
- 「自分の意見が、もう少し店の運営に反映される実感がほしい」
- 「自分のキャリアが、3年後どうなっているか、オーナーと話したい」
- 「いま頑張っている方向が、間違っていないか、定期的に確認したい」
- 「自分が育てたスタッフが、ちゃんと評価される仕組みがほしい」
お金の話は、最後まで出ませんでした。
Qさんが本当に欲しかったのは、「ここにいる意味」を、オーナーと一緒に作っていく感覚だったのです。
なぜ「お金以外」が決定的になるのか
いい店長ほど、お金以外の動機で動いています。それは精神論ではなく、行動パターンとして観察できる事実です。
いい店長は、すでに業界平均以上の給料をもらっていることが多い。だから、「給料を10%上げる」では、生活が劇的に変わるわけではない。一方、転職先の提示額は、現職の20〜30%増しが普通です。お金だけの土俵では、中小の店は大手チェーンに勝てない。
でも、お金以外の土俵には、中小の店が持つ強みがあります。
1つめ、裁量の大きさ。大手チェーンでは、店長は本部の指示を実行する役割です。中小の店では、店長は店づくりの主役になれる。これは、お金で買えない経験です。
2つめ、オーナーとの距離の近さ。大手チェーンでは、店長が経営層と話す機会は年に数回。中小の店では、毎週でも話せる。経営の視点を、現役のうちに学べる。
3つめ、自分の影響が見える範囲。大手の店長は、自分が改善したことが店全体にどう影響したか見えにくい。中小の店では、自分の判断が翌週の数字に直結する。手応えが違う。
これらは、お金で勝てない代わりに、設計と態度で勝てる領域です。問題は、多くのオーナーがこの土俵で勝負していないこと。給料の話だけで引き止めようとするから、勝てない。
仮想のケース:オーナーPさんとオーナーRさん
同じ業界、同じ規模のオーナーを比べます。
オーナーPさんは、店長が辞めると言うたびに、給料の話で引き止めようとする。たまに成功するが、半年後にまた同じ話が出る。過去5年で、店長が3回交代した。
オーナーRさんは、店長を引き止めるために、こんな仕組みを5年前から持っていた。
- 月1回、90分の「店づくり会議」:店長と、店の方針・将来像を本気で議論する時間
- 年1回の「キャリア面談」:店長の3年後、5年後をオーナーと一緒に描く
- 「店長提案制度」:店長が出した提案は、必ず2週間以内に「やる/やらない/保留」を返事する
- 店長への決裁権限の明文化:これ以下の金額はオーナー確認不要、というラインを決める
Rさんの店長は、同じ人が10年続いている。給料は業界平均よりやや低い。でも、辞める話は一度も出ていない。
差は、Rさんが「店長との関係を、設計として持っていた」ことです。会議は単なる打ち合わせではなく、店長に「あなたの考えがこの店をつくる」というメッセージを構造的に送る装置。提案制度は、店長の言葉が宙に消えないことを保証する仕組み。
引き止めは、辞めると言われてから始めるものではありません。辞めたいと思わせない関係を、ずっと前から作っておくことです。
「お金以外で引き止める」設計チェック
店長との関係を、以下で点検してみてください。
- [ ] 店長と月1回、数字以外の話をする90分の時間を持っているか
- [ ] 店長の3年後・5年後を、一緒に話したことがあるか
- [ ] 店長が出した提案に、必ず期限内に返事をしているか
- [ ] 店長の決裁権限が、金額や種類で明文化されているか
- [ ] 店長が育てたスタッフが評価される仕組みがあるか
- [ ] 店長を「経営者の卵」として扱う言葉遣いをしているか
- [ ] 他のオーナーや経営者と話す機会を、店長に提供しているか
3つ以上「いいえ」なら、それは給料の問題ではありません。店長を「ただの管理職」として扱っているということです。
私たちRockHillの考え方
私たちRockHillは、「店長の給料を上げましょう」という助言はしません。給料の話は、経営判断であり、オーナーの裁量です。
私たちが大事にしているのは、店長との関係を、お金で測らない仕組みを持つことです。蛭田は、給料で勝てない中小の店が、関係性の設計だけで大手チェーンと張り合っている現場を、何度も見てきました。
いい店長は、お金で動いているのではありません。「自分の人生の数年を、ここに賭ける価値があるか」で判断しています。その判断を支えるのは、オーナーの態度であり、関係性の設計です。
お金以外で引き止めるとは、安く済ませることではありません。お金より深いところで、店長と握手することです。設計は、それを支える道具です。
もし「いい店長から辞めますと言われそう」と感じたら、一度コーチと話してみませんか。
助言も提案もしません。ただ30分、現場の話を聞かせてください。
関連記事として、店長との1on1の進め方は1on1で人を動かすにまとめています。
RockHillの強くなる飲食店向けツール
現場の課題を整理したいときは、次の導線も活用してください。記事を読んで終わりにせず、自店の現在地を測り、必要な一手に落とし込むための入り口です。
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著者: 蛭田一史(株式会社RockHill 代表取締役)|飲食店支援600店舗以上(累計)|設立2009年