「うちはお客様第一でやってきた」「数字なんて、料理人が考えるものじゃない」——20年そう信じてやってきた。誠実に、良心的に、無理せず。それなのに、ある日気づくと、家賃が上がり、原材料が上がり、利益がほぼゼロになっている。
もし、あなたが「これだけ真面目にやっているのに、なぜ追い詰められるのか」と感じているなら、この記事はあなたのためです。
結論を先に言います。数字を読むことは、真面目さを捨てることではありません。むしろ、真面目さを守るための、最後の武器です。
良心的な店ほど、追い詰められる景色
ある地方都市の創作料理店。店主Sさんは、創業15年、地元の食材を使い、適正価格で出してきました。値上げは過去2回だけ。お客様には「Sさんの店は良心的だ」と評判です。
ところが、ここ3年で景色が変わりました。家賃の更新で月3万円アップ。仕入れ値は平均15%上昇。電気代も上がった。それでも、Sさんはメニュー価格を上げられない。「常連さんに申し訳ない」「うちは適正価格を守ってきた店だから」。
結果、月の利益は3年前の半分以下。スタッフのボーナスを削り、自分の生活費を切り詰め、ついに自宅の貯金を取り崩し始めました。
これ、見覚えありませんか。
良心的に運営してきた店ほど、外部環境の変化に脆い。理由は単純で、自分のお店の「数字の構造」を、店主が把握していないからです。把握していないから、何をどれだけ動かせばいいかが分からない。分からないから、何も動かせない。動かせないから、追い詰められる。
なぜ「数字を読まない」が、誠実さを脅かすのか
「数字を見ない」を、誠実さの証として持っている店主は少なくありません。「お金のことばかり考えるのは、料理人として恥ずかしい」「お客様より数字を優先したくない」。この感覚は、もっともです。
しかし、数字を読まないことと、お客様を大事にすることは、まったく別の話です。
数字を読まないと、起きること:
– 家賃が上がったとき、メニューのどこをどう調整すべきか分からない
– 原材料が上がったとき、メニューを変えるべきか、価格を変えるべきか判断できない
– 売上が下がったとき、原因を「気合」や「努力」で解決しようとする
これは、誠実さではなく、経営の盲目状態です。盲目状態のまま走り続けると、ある日突然、店を畳むしかなくなる。そのとき、最も困るのは、店主とスタッフと、長年通ってくれたお客様です。
あなたが悪いんじゃない。「数字を読む = 冷たい人になる」という思い込みを、誰も解いてくれなかっただけです。
数字を読めるようになると、むしろ「お客様への誠実さ」を、より長く守れます。値上げの根拠を、自分の言葉で説明できる。スタッフの給料を、ちゃんと払い続けられる。10年後も、お店が存在できる。これらは、すべて数字を読む力に支えられます。
仮想のケース:店主Tさんと店主Uさん
同じ規模(月商350万円)の小料理屋を比較します。
店主Tさんは、長く「数字嫌い」を貫いてきました。原価率も人件費率も、感覚で把握。家賃が上がっても「何とかなる」と思って手を打たない。3年後、利益はゼロに近づき、ついに閉店を決断しました。
店主Uさんは、3年前にこんな習慣を始めました。月1回、店を閉めた後の1時間。やることは3つだけ。
– 今月の売上を書く
– 今月の食材費・人件費・家賃などの主要コストを書く
– 「利益が前月より上がったか・下がったか」だけ確認する
最初の半年、Uさんは「数字を見るのが怖い」と思っていました。けれど、見続けるうちに、変化に気づくようになります。「今月、原価率が3%上がっている。何だろう?」「先月、ランチの売上が10%減っている。何があったかな?」
3年後、Uさんは家賃が上がるタイミングで、メニュー価格を平均8%調整しました。事前に「なぜ値上げするか」を、お客様に手書きの紙で説明。常連さんの離反はほぼゼロ。利益は値上げ前の1.3倍になりました。
差は、「数字に向き合う1時間」を、月1回持ったかどうかだけです。
「数字に向き合う最初の1時間」のチェック
数字嫌いの店主が、最初の一歩を踏み出すための7項目。
- [ ] 今月の総売上を、紙に書ける状態か
- [ ] 食材費(原価)が、売上の何%かを把握しているか
- [ ] 人件費が、売上の何%かを把握しているか
- [ ] 家賃が、売上の何%かを把握しているか
- [ ] 「利益が前月より増えたか減ったか」を、毎月確認しているか
- [ ] 「来月の売上目標」を、根拠を持って答えられるか
- [ ] 価格変更が必要なとき、自分の言葉で根拠を説明できるか
3つ以上「いいえ」があったなら、今月から「数字に向き合う1時間」を始めてみてください。最初は怖くて構いません。続けることに意味があります。
私たちRockHillが「数字は誠実さを守る武器」と伝える理由
私たちRockHillは、店主に「経営者になってください」とは言いません。店主は料理人のままでいい。けれど、料理人として長く続けるために、最低限の数字は読めるようになりましょうと伝えます。
蛭田は、これまで多くの「真面目で、誠実で、それでも数字に追い詰められて店を畳んだ店主」を見てきました。彼らに共通していたのは、技術や心意気の問題ではなく、「自分の店の数字の構造」を知らなかったことです。
数字を読むことは、冷たい人になることではありません。家賃が上がったとき、原材料が上がったとき、適切な対応をとるための、誠実さの土台です。スタッフに長く働いてもらうため、お客様に10年後も来てもらうため、自分自身が燃え尽きないため、数字は読む価値があります。
真面目な店主ほど、数字に強くなってほしい。それが、私たちの願いです。
もし「数字に向き合うのが怖い」と感じたら、一度コーチと話してみませんか。
助言も提案もしません。ただ30分、お店の景色を聞かせてください。数字と向き合う最初の一歩を、一緒に考えられたら嬉しいです。
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著者: 蛭田一史(株式会社RockHill 代表取締役)|飲食店支援600店舗以上(累計)|設立2009年