履歴書を見て「この子なら長く働いてくれそうだ」と感じた。実際に入ってからも、真面目で気が利く。お客様の評判もいい。それなのに、3ヶ月、半年、長くて1年。気がつくと「すみません、来月いっぱいで……」と頭を下げられている。
もう何度目だろう、この光景は。
私たちRockHillは、定着しないのは「あなたの人選が甘いから」ではないと考えています。スタッフが残る店は、気合いや人柄ではなく、設計でできている。今日はその設計の話をします。
「いい子だったのに辞めた」が繰り返される現場
ある居酒屋の店主Aさんから、こんな相談を受けました。「面接でいいなと思って採った子が、また辞めるんです。もう自分の見る目がないのかと思って」。
聞けば、過去2年で7人が入って、5人が辞めている。残っているのは、店主が個人的に可愛がっている2人だけ。Aさんは「自分が指導しきれていない」と自分を責めていました。
でも、よく話を聞くと、辞めた5人にはある共通点がありました。
- 入って最初の2週間、誰がメンターか決まっていなかった
- 「ここまでできたら時給を上げる」という基準が、口頭でも書面でもなかった
- 月1回の振り返りはなく、評価のタイミングも気まぐれだった
- 「うちの店のいいところ」を、店主以外のスタッフは語れなかった
辞めていったのは、能力が低かったからでも、根性がなかったからでもありません。「自分はここで何を期待されていて、どうなったら認められるのか」が、最後まで分からなかったからです。
人は、期待されていることが分からない場所には、長く居られません。
なぜ「設計」が必要なのか
飲食店の現場は、毎日が即興です。仕込みのトラブル、ピーク時の人手不足、突然の団体予約。店主や店長は、その場その場の判断で店を回している。これは飲食業の宿命であり、誇るべき技でもあります。
でも、即興で回しているからこそ、「人材育成」だけは即興にしてはいけない領域です。
人材は、料理と違って、「今日は手を抜こう」ができません。新人の最初の1ヶ月は、その人の「この店観」を決めます。最初の3ヶ月で「自分の役割」が分からなければ、自分の頭の中で勝手に役割を作ってしまうか、辞めるかのどちらかになる。
私たちが600店舗以上の現場を見てきた中で、定着率の高い店に共通していたのは、「人」を即興で扱わないという一点でした。料理は即興でいい。シフトも即興でいい。でも、人だけは、設計図を持っている。
これは、店主の人柄や情熱の話ではありません。仕組みの話です。
仮想のケース:店主Aさんと店主Bさん
同じ規模、同じ業態の和食店を比べます。
店主Aさんは、人柄が良く、スタッフ思いです。「うちはアットホームが売りだから」と言い、面接でも「家族みたいに働こう」と伝える。新人には自分が直接教える。シフトも気を遣って組む。それでも、年間離職率は60%を超えています。
店主Bさんも、同じくらいスタッフを大事にしています。違うのは、入店時に「あなたに期待すること」を紙1枚で渡していること。
- 入店3ヶ月後にどんな仕事ができるようになっていてほしいか
- 半年後の時給見直しの判断軸(接客・調理補助・後輩指導の3点)
- 「うちの店が大事にしていること」3つ(家族経営、地元食材、お客様の名前を覚える)
- 月1回、30分の1on1の時間を確保する
Bさんは、特別なことをしていません。「期待を、口頭ではなく紙にした」だけです。それでも、Bさんの店の年間離職率は20%を下回りました。
Aさんの「家族みたい」は、本人にとっては愛情です。でも、新人から見ると「何を期待されているか分からない」状態。Bさんの紙1枚は、冷たく見えて実は、新人にとっての安心材料になっていたのです。
あなたの店の「定着の設計」チェック
今日、店を閉めた後に5分だけ。以下を眺めてみてください。
- [ ] 新人が入って最初の2週間、誰がメンターか決まっているか
- [ ] 「3ヶ月後にできるようになっていてほしいこと」を紙で渡しているか
- [ ] 時給を上げる判断軸を、本人に説明できるか
- [ ] 月1回、1人ずつと10分でも話す時間を確保しているか
- [ ] スタッフ全員が「うちの店の強み」を同じ言葉で言えるか
- [ ] 退職時、本音で理由を聞ける関係性が残っているか
- [ ] 「店長が倒れても、新人教育が止まらない」状態になっているか
3つ以上「いいえ」があったなら、それは人選の問題ではありません。期待・役割・評価が、まだ言語化されていないということです。
私たちRockHillの考え方
私たちRockHillは、「スタッフを大切にしましょう」と言う会社ではありません。それは大前提です。私たちが伝えたいのは、大切にする気持ちを、設計に翻訳することです。
蛭田は、これまで多くの「いい店主」が、いい人柄ゆえに人を失っていく現場を見てきました。優しいから、なんとなく許す。情があるから、評価をぼかす。家族みたいだから、期待を言葉にしない。その結果、新人は「ここで何を目指せばいいか分からない」まま、辞めていく。
スタッフが辞めない店は、冷たい店でも、厳しい店でもありません。「あなたに期待することを、ちゃんと言葉にしている店」です。それが設計です。
設計は、人柄の代わりではありません。人柄を、ちゃんと届かせるための器です。
もし「うちもそうかもしれない」と感じたら、一度コーチと話してみませんか。
助言も提案もしません。ただ30分、現場の話を聞かせてください。
関連記事として、まず何から整えればよいか迷ったときは、飲食店の昇進・育成診断ハブもご覧ください。離職を構造で減らす考え方は育成で離職を防ぐにまとめています。
RockHillの強くなる飲食店向けツール
現場の課題を整理したいときは、次の導線も活用してください。記事を読んで終わりにせず、自店の現在地を測り、必要な一手に落とし込むための入り口です。
- 昇進適性診断シリーズ:店長・SV・経営力を5軸で可視化し、育成や配置の判断材料にできます。
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著者: 蛭田一史(株式会社RockHill 代表取締役)|飲食店支援600店舗以上(累計)|設立2009年